2007/08/03

8・15

 古賀誠元自民党幹事長が会長を務める「日本遺族会」が、分祀論議を本格化させようとしています。

 昨年7月、「A級が合祀され……私あれ以来参拝していない」という昭和天皇の発言を記した富田朝彦元宮内庁長官のメモが公表されたのに続き、天皇の参拝が途絶えた理由を「A級戦犯合祀が御意に召さず」として、富田メモを裏付ける卜部亮吾元侍従の日記が新たに発見されたことが、古賀会長ら分祀論者を勢いづかせています。「目が黒いうちに、天皇参拝の復活を」という、高齢化著しい遺族会の悲願も、分祀論台頭の底にあるとされています。

 議論は大いに結構です。しかし、遺族会が分祀を総意とする結論を出すようなことがあるとすれば、日本の戦後史に決定的な影響を与えるでしょう。分祀容認は、勝者が敗者を裁いた、東京裁判史観容認の絶大な論拠になり得るからです。遺族会が分祀を推進するなら、どのような根拠で、どのような方法で分祀するのか、分祀されるA級戦犯の英霊はどのように慰霊するのかしないのか。各論を具体的に示し、見識を世に問うべきです。

 個人的には、分祀はすべきではないと思います。英霊に、A級もB級もC級もない、と思うからです。そもそも、一度祀られた霊を、盗掘でもするかのようにして分祀する、ということが許されたり、可能であったりするのでしょうか?

 むしろ、靖国には、すべての英霊を祀るのは当然として、東京裁判の全記録を始め、各空襲・原爆投下・沖縄上陸で殺された一般市民の記録、南京大虐殺や従軍慰安婦等の国際的に議論されている問題の経過等、先の大戦にまつわるすべての厖大な記録と記憶を客観的に保存収集する機能を持たせるべきと思います。つまり、戦争博物館的なモニュメントにするのはいかがかということです。その上で、すべての戦争に反対する啓蒙活動の拠点にするのです。巨費に上るであろう運営費は、英霊の犠牲のおかげで今日のある、我々国民の税金で賄えばいい。

 ところで、国家国民のために亡くなった警官・消防士・自衛隊員等の殉職者を靖国に祀ろうという声もあります。それによって、遺族会からの寄付金頼みで逼迫している靖国神社の財政再建にもつながる、と謳われているようです。う〜ん、理解できない考え方ではありませんが。

 この靖国は、将来、どの靖国になっているのでしょう。今年も8月15日が来ます。
posted by リベラルタイム at 19:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 記事
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